新たな挑戦に対する不安は怖いですか?

新たな挑戦に対する不安は怖いですか?
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誰もが一度は新たな挑戦を試みたことがあると思います。

食生活であれば今まで食べず嫌いしていたものを食べてみる瞬間であったり、学生であれば受験勉強の際に志望校のレベルを上げてみようと考える瞬間であったり、あと社会人であれば部署異動や転職などで今まで関わりのなかった業務に就いたりした場合等々。

小さな決意から大きな決断まで、能動的か受動的かに関わらず、こういった経験は誰しもがあると思います。

今回僕が伝えたいのは、今までやったことのないことに挑戦し、さらにそれを継続できるような何かを皆さんに見つけてもらい、人生をより充実させてほしいということです。

現状で充分に満足できている方にとっては余計なお世話になってしまい、申し訳ありません。

新しいことに挑戦するというのは不安がつきものです。その不安の原因は「本当にそれができるようになるんだろうか」とか、「結局挫折してしまって自分はやっぱりすぐ諦めてしまう人間なんだと自覚するのが怖い」とか、「時間のムダになってしまう」とか、そんなことを考えてしまっていませんか?

そういう不安に負けて結局何も手が出せず、現状の日常生活、現状維持で満足してしまうことを僕はものすごく勿体無いと感じてしまいます。

プライドが邪魔して挫折する自分が怖いために緩やかな人生を送るのか、それとも自尊心を捨てて色々なことに挑戦し、成功も失敗も経験して人間力を育てるのか、その選択は自由です。

前者でも全く問題はありません。ただ、あくまでも僕の感覚では後者の方が人生がより生き生きとしたものに変わり、生きていることの意味が見出せるようになると思っています。

僕は過去にギターとピアノに挑戦したことがあります。ギターはFコードが弾けるようになり、左手の握力が上がり、指の皮も分厚くなってきたくらいの時に、なかなかミュージシャンのような演奏ができないことに心が折れ、それ以来は一切弾くことがなくなってしまいました。

ピアノは、カシオのキーボードのレッスン機能を使って「カノン」と「エリーゼのために」をほぼ鍵盤を見ずに弾けるようになるまで練習しました。しかし、逆にそれ以外の演奏はおろか、楽譜を読むのも時間がかかる状態だったので、それ以来は弾かなくなってしまいました。

ブログにも挑戦したことがあります。その頃はツイッターやフェイスブック等のSNSがなかったのでブログで色々と近況報告をしたかったのですが、3日で飽きてしまいました。しかし、ひょんなきっかけからこのように再開することができました。こういったパターンもあります。

そして唯一、アプリ開発への挑戦はずっと続けられています。

やっと続けられることを見つけることができました。これは過去に、ギターやピアノを挫折した経験、ブログも挫折したが再開できた経験、これらが積み重なった上でのアプリ開発との出会いだと思います。

挑戦の上に挑戦があり、それが人生を充実させていき、自分に向いている本当にやりたいこととの出会いを導いてくれます。

挫折して落ち込むことってそんなに怖いですか?勝手に被害妄想していませんか?次に挑戦できることを探せばいいんです。

挑戦することを諦めて自分の未来を自ら閉ざしてしまうことの方が怖いです。

僕はこの気持ちが共感できる人が世の中にたくさんいることを願っています。なにも椅子に座って机に向かうことだけが自分を成長させるための勉強なのではありません。

少しでも興味のあることには挑戦してみて、その中でキラリと光る何かを見つける、探し続ける人生は素敵なことだと思うので、どうしても一歩が踏み出せないという方は挑戦することの大切さ、ムダの無さを改めて考えてみてください。